私は、サラリーマン時代、30日間の連続休暇をゲームをすることで終わってしまった、

という出来事(私の中では、失敗)があったことで、

かえって、時間について意識するようになりました。

‘失敗’によって学ぶことができた。そう考えると、意味のある連続休暇だったのかもしれません。

では何が問題だったのしょうか?
お金の使い方には、消費するお金、未来のために使うお金、浪費があるのと同じように、
時間の使い方にも、消費する時間、未来のために使う時間、時間の浪費があると思っています。

 

一人の人間が一生のうちに使える‘時間’は限られます。
プランのない行動は、時間の浪費につながってしまいます。

30日の連続休暇は、‘未来のために使う時間’として、活用すべき時間だったはずなのです。

しかし、‘時間の浪費’に使ってしまったのです。

そこにはプランがなかったのです。
ゲーム自体が悪いのではなく、プランなしに、ゲームにのまれてしまい、

時間をコントロールできなくなってしまったことが問題なのです。

連続休暇を使い、パソコンを仕事で活用するために習得することが目的でした。

 

明確な目的はあったのです。

目的である、パソコンを習得することを達成できたら、

そのご褒美として、ゲームをするというプランを立てるべきでした。

集中して30日間を時間の浪費に使ってしまったため、

かえって、時間の使い方に失敗したことをはっきり認識することができました。
普通に生活していると、知らず知らずの間に‘時間の浪費’をしてしまっているのではないでしょうか?

私が失敗したこのケースの場合は30日×10時間として300時間といった、

まとまった時間を浪費しました。

しかし、1日3時間づつ100日間で300時間を浪費してるとその浪費感は薄らいできます。

さらに1日1時間づつ300日間で300時間約1年間少しづつ浪費しているケースでは、

ほとんど浪費感を感じなくなるのではないでしょうか?

1日1時間づつ1年間、時間を浪費することは、

私が30日間連続休暇で‘時間の浪費’をしたことと同じ時間なのです。
日本のサラリーマンの場合、会社に拘束されている時間が長いといわれています。

サラリーマンとして働いている期間中で、自由に使える時間は限られています。

その限られた時間の中で、さらに毎日仕事が終わった後で、

同僚から飲みに誘われて、愚痴につきあっていたとしたら、

それだけでも、私の失敗した30日の連続休暇以上の
‘時間の浪費’につながりかねません。

 
私が、プランなしに、時間を浪費してしまったのと同様に、

気付かないうちに貴重な時間を
浪費してしまっているかもしれません。

それが、サラリーマンとして働いている間の年数で区切ってみると、

膨大な時間を浪費してしまう可能性がでてきます。

つまり、プランのない人生は膨大な時間を浪費してしまうということです。

時間を奪う誘惑を断ち切って、時間をコントロールできるかどうかが、重要になってきます。