札幌市円山地区を拠点とする独立系ファイナンシャルプランナーです。お客様にライフプランニングを通じて、Dream(夢をかなえる)Free(精神的、時間的、経済的自由を手に入れる)Quality(生活の質を高める)のお手伝いをさせていただきます。独立・中立のFP(ウラナイFP)なので、保険、証券、不動産等の販売はしておりませんので、安心してご相談ください。また、「机上の空論」のFPでは説得力がないとの信念から、自身はセミリタイア・札幌移住を実現しています。

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FPフェリーチェを開業した理由

はじめまして、当オフィスはFPフェリーチェと申します。

当ホームページをご覧いただき、誠にありがとうございます。

早速ですが、FP・消費生活アドバイザーとしてオフィスを開業しようと理由をお話させていただきます。

大きなきっかけとなったのは、東日本大震災です。

東日本大震災・原発事故後に日本について、改めて、じっくり考えてみようと思いました。

戦後、日本は、経済中心で歩んできており、諸問題の本質的な解決を先送りにしてきました。
貿易や、投資の自由化、世界経済が拡大するグローバル化(海外直接投資とそれに伴う産業の空洞化)により、日本の成長をけん引してきた従来のシステムである、日本的経営(終身雇用、年功序列、企業別組合)の改革が迫られ、戦後政治体制が崩れ、さらに東日本大震災により、安全神話のあった原発で事故が発生し、放射能汚染による、国民の健康被害不安、国土の汚染問題が生じました。

震災後に感じたのは、日本人は、大きな社会的変化が起きた際、多くを失ってしまう可能性があることでした。
私自身、労働・事業の場を始め、金融資産、不動産を集中していることによるリスクを感じました。
また、同時に、今まで、自己の生活を中心に考え・行動していたため、政治・国・企業がやっていることに、無関心でいたことを反省しました。

日本の教育の中で、いわゆる、ファイナンシャルリテラシーを育てるメニューが少なく、お金について真剣に考えるという経験はあまりなかったのではないでしょうか。というより、考える必要がなかったのかもしれません。
終身雇用、退職金、厚生年金等の制度が盤石だと思われていたため、企業に就職して、退職まで勤めあげれば、退職金、厚生年金で老後は生活できるという、ほぼ画一的なライフプランで大丈夫だったからです。

私たち、個々人が人生の将来設計をし、必要な額を適正に把握することで不安を払しょくできる場合があるかもしれません。
将来不安が払しょくできれば、”ほどほど”を得ることで満足し、その結果、過分な利権を周囲の人々や次の世代と共有していくことができるのではないでしょうか?
経済界・国民は、国への依存をやめ、自立を目指していく必要があると思います。
むしろ、近い将来、頼りたくても、国に頼ることができない状況がやってくるのではないでしょうか?
日本人には、金融、災害、犯罪、企業、国家等の事象・行為により、災難に巻き込まれるリスクが高まっていると思います。
私は、ファンナンシャルプランナー、消費生活アドバイザーの資格取得することで、自分自身が、それらのリスクに立ち向かえる知識・技能を身につけ、周りの人達に対しても安心して暮らせるようなお手伝いをしていきたい。
そして、世の中の動向を把握できるように努力・行動することが、国民として、国に対して責任を果たす第一歩になるかもしれない。
結果、日本が良い方向に進むために微力ですが、何か力になれることがあるかもしれない。
そう思い、雑貨店を閉店し、ファイナンシャルプランナー事務所を開業することにしました。

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資格

・1級ファイナンシャル技能士
(国家資格・資産相談業務)
・消費生活アドバイザー
(内閣総理大臣及び経済産業大臣事業認定資格)
・宅地建物取引士
・日商簿記検定2級

略歴

明治大学商学部卒業

流通業勤務(12年)
(家具販売・経理部・新規事業・メガネ販売)

独立起業(10年)
(雑貨店個人経営)

雑貨店閉店

FP1級、消費生活アドバイザー取得

2014.9 FPオフィス FELICE(フェリーチェ)HP開設

2017.4 首都圏から札幌市へ移住にあわせて、移転

自己のセミリタイア歴8年

 

プロフィール

サラリーマンのころ

私は 大学を卒業後、大手流通企業に入社しました。12年間でインテリア担当、経理部、メガネ担当を経験しました。
また、不動産への興味があったため、入社1年目に宅建の資格を取得しました。
入社時から、 35歳までには、独立起業しようと決めていたのですが、起業は生活を変えることになるため、一歩を踏み出すことができなかったのですが、35歳に近づくにつれ、社会情勢の変化、会社の変化、そして自分自身の意識の変化により、起業に向かって進んでいきました。

雑貨店開業(2004年)

社会情勢、会社の変化、そして、リユース社会への貢献をしたいとの思いなどから起業にむけて計画を立て始めました。
〝家庭の不用品・手作り作品を中心に出品希望のお客様に棚単位で月毎に貸出しをし、委託販売という形で販売するお店〟をはじめようと思いました。
休みの日は、事業計画、店舗探し、取引先探し、古物商申請、店の設備の工事業者探し、レイアウト、店の運営方針、備品の購入、同業店の視察などに奔走しました。情熱のあるうちに進めようと思っていたので、大変でしたが、毎日ワクワクしていたような気がします。
小さいお店でしたが、スーパーなどが近隣にあり、人通りはそこそこありました。
店舗のサイズが小さく、坪効率を上げる必要性がありました。自己資金に加え、国民生活金融公庫(今の日本政策金融公庫)から融資を受けました。

開店後に発生した問題

委託販売のお店なので、 販売するための商品は、お客様から出品していただかなければなりません。
リユース商品を、売り場の中で大きなウエイトを占めるようにしたかったので、仕入れる商品は、補助的にする予定でした。
開店当初は知人等に協力してもらい、出品してもらっていたのですが、売れた後の補充で問題が生じてきました。
オープン時から出品されるお客様を募集していたのですが、なかなか現れず、ビラを配ったりしても反応があまりありませんでした。そのため、商品補充のために仕入れの必要性がでてきました。そして、生活費用に準備していたお金に手を付けざるを得なくなってきました。
さらに、サラリーマンの時には給料天引きだったためあまり意識していなかった社会保険料の支払いが、家計にボディーブローのようにききはじめました。
これらによって、急激に資金が減っていくという恐ろしい体験をすることになりました。
事業計画とのズレから、資金不足の可能性がでてきたので、生活費の見直しが早急に必要となりました。
生活費を無理やりダウンサイジングしました。
家計はサラリーマン時代の浪費体質のままだったので、妻には、毎日泣きつかれました。しかし、無い袖はふれませんので、仕方ありません。
その状態から、なんとか立ち直ったのは、人との縁と、たまたまの運、そして何とかしなければとの思い(必死さ)でした。そして、新しい取り組み(別の事業)を行うこととなりました。
しかし、そのためには、妻にお店にでてもらう必要が生じ、販売未経験の妻には大きな負担となりました。資金が減っていく恐怖、強引な家計のダウンサイジングをすすめる際の苦悩は、強烈でした。妻がそのような状況でも我慢して支えてくれたことに感謝しています。

お店は、次第に委託品の出品のお客様も増えてきて運営は安定してきました。妻もお店に慣れてきました。主婦の方の来店が圧倒的に多かったので、女性のほうが良いようで、私の居場所がなくなっていきました。
私が補助的な立場となり、時間的余裕が少し生まれました。厳しい状態の時のトラウマからか、次の手を打っていかなければと思い、はじめたのが、株のデイトレードでした。
サラリーマン時代に、株式投資を行っていましたが、うまくいってはいませんでした。いろいろ本を読んでいるうちに、デイトレで1回ごとのリスクを抑えたトレードを行い、薄利でも資金の回転率を高めれば、少額からでも小リスクで資金を殖やせるのではないかと考え始めました。
店舗の拡大も考えましたが、その労力とリスクを考えて、デイトレに挑戦してみるという選択をとりました。

1年間挑戦してみて、成果がでなければやめることにしました。
トレードと勉強とを繰り返しましたが、結果としては、失敗でした。
金銭面では大きな損失がなかったのは幸いでした。
精神面で、なかなか課題を克服できず、さまざまな方法を試したのですが、克服するにいたらず、デイトレはその時の自分には向いていないと判断し、退場することにしました。
今後は日本経済の成長に長期間かけて投資していく、応援したい企業を育てていくといった別のやり方で投資をしていきたいと思います。日本はデフレからインフレに転換しはじめているので、少なくともインフレに負けないための運用を模索していきたいです。

不動産投資

デイトレから撤退後、今度は少ない資金でも不動産投資ができないかを模索しはじめました。
不動産投資には、社会人1年目に宅建の資格を取得していたこと、また、サラリーマン時代に購入していた自宅用だった中古マンションを住みかえ時に売却せず貸していたので、不動産賃貸経験があったこともあり、ハードルはそれほど高く感じませんでした。
不動産投資はミドルリスク・ミドルリターンといわれますが、デイトレを約1年していた直後ということもあり、ハイリスク・ハイリターンといわれる株式投資用(デイトレ)よりリスクが低いのを実感するとともに、ストレスのない不動産投資の方が、自分には向いていました。
少ない資金、少ないリスクでできそうな不動産投資手法を少しずつ構築していきました。

住み替え

サラリーマン時代に住みかえをして、起業後も住んでいたマンションのローン負担が重く、いずれなんとかしなければと思っていました。そのマンションは駅近で利便性が高く、購入時には相当時間をかけて探していて、ようやく希望していた条件の物件がでてきたため、即決で買った中古マンションでした。問題点は、
①サラリーマンの時に購入したため、ボーナス払いを併用しており、年2回のボーナス払いが、大きな負担となっていた。
②毎月の支払を安くしようとした結果、金利の2年固定のタイプを選択しており、その後、2年固定期間終了後、まだ低金利は続くだろうと毎月の支払額の安さにひかれ変動金利を選んでいたこと。
③フルローンで購入しており、加えて開業時に、国民生活金融公庫から借りた店舗設備分と合わせると、ローン残高が相当あったこと。
です。
特に②の変動金利ですが、若干金利が上昇しただけでも、毎月負担額が結構増え、変動金利への危機感が強くなりました。今後の金利の先高感があったので、このまま変動金利のままではまずいと思うようになりました。
毎月の支払額を減らす、ボーナス払いをなくす、低金利の今のうちに変動金利から長期固定金利に切り替える、ローン残高を減らすといったことを目的とした、住みかえを検討しはじめました。

住みかえの目的がローンの圧縮なので、居住マンションを高く売って、購入マンションは安く買う必要がありました。
売却マンションが売れないと話はすすまないので、売却に向けていろいろと挑戦していきました。
幸いなことに立地が良かったこともあり、思っていた金額で購入していただけました。申し込みが入るとすぐに、購入マンション探しをはじめました。
時間があまりなかったので良さそうな物件をまとめて内見させていただくことにしました。内見予定日前に不動産業者がHPにのせたばかりの物件がでてきたため、内見に追加させていただき、最後にその物件をみることになりました。
結果としては、その物件に決めました。
不動産の購入にも不思議な縁のようなものを感じることがあります。

無事、購入物件の契約もすませ、あとは、引き渡しの準備といった頃に東日本大震災が発生しました。

東日本大震災

震災時、投資用物件のチェック、掃除をしていました。とても立っていられない位の大きな揺れで、外をみると走行中の車が停止していました。
子供を抱いてあわてて外に飛び出す人もいました。
長時間大きく揺れていたので、建物が倒壊するのではないかと思ってしまうほどでした。
扉がしまって逃げられなくならないように、必死に扉が閉まらないようにおさえていました。
その後の日本の状況を見て、自分の無力さを感じ、何かできることはないかと考えはじめました。

店舗を閉店して、ファイナンシャルプランナーの取得に専念

まずはファイナンシャルプランナーの資格取得を目指しました。
店舗は閉店して資格取得に専念しました。
国家資格の1級ファイナンシャル・プランニング技能士の取得を目標にして、2012年1月から3級→2級→1級学科試験→1級実技試験とすすめていきました。
ファイナンシャルプランナーの資格取得後、消費生活アドバイザーの1次試験→2次試験と受験し、2014年の3月に合格することができました。

自ら自立できなければ、人への相談に応じる資格がないはず

資格試験合格後、「人に対する家計の相談業務を行うには、自らの家計が自立しているべき」との思いから、自宅の家計改善を実行。

首都圏から札幌市への移住

自己のセミリタイア歴が8年。

2017年に「夢の実現」として、念願の首都圏から札幌への移住に踏み切りました。

 

 

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